論語の誤訳説。

2020年5月19日 日常
論語には「四十にして惑わず」という一説があります。でもこれ孔子の人生を考えると、矛盾しっぱなしです。孔子だって四十過ぎても迷うんです。(人間なので当たり前。)そこで新しい学説が生まれました。

「四十にしてで或せず」です。(この或、領域の域とだいたい同じ意味です。中国語には単発で出てきた単語は「読みが同じなら、同じ意味」という原則があります。例えば「薄」と「博」は単発で出てくると「広く浅い」という曖昧な意味になります)

これで呼んだ場合「四十になったら自分の立場から動かない」となり、自然に読めます。「四十になったら。自分の考えの領域から出ない」という意味で矛盾無く読めるのです。


このように漢文というのは何千年間も「誤読する」ので、頭を使って読むことが大切です。

○参考資料
http://brico.ne.jp/blog/fuwaku/
https://www.kanken.or.jp/kanken/trivia/category04/170904.html

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